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2008 年
8 月
16 日 非戦あってこそ |
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結果から言うと記録はありませんでした。が、替わりに終戦前夜から直後の様子が残っていて、かなりの読み応え!終戦間際に、まだ落下傘や砲弾用にと布地の配給券や折れ針を集めていたことや、傷痍軍人のためにオムツを集めていたこと。いよいよ敗戦がわかった頃には、アメリカ兵に喰われるといった噂が広がり、山王下でお別れ会を開いたそうです。そうそう、多摩火工廠の人が黒砂糖を持ってきてお汁粉を作ってくれたとか。ちなみに政府は、備蓄食料をアメリカに取り上げられる前に国民に放出しようと、このあたりでは火工廠で配った記録がありましたが、混乱が激しくすぐ止めたそうです。 もっと読みたかったけど、続きはまた…と、終戦記念日だし公民館の裏にある慰霊碑に足を伸ばしてみたら、あらら、枯れた花がそのままでした。遺族もきっと高齢化しているんですね。 私の実家では、どういうわけか誰も戦争の話をしたがりませんでしたが、思い出したくないこと、言えないことを抱えたまま、今も生きている人が大勢いるのだと思います。それでも使命のような気持ちで語り残す人の投稿などを読む度、託された私たちの使命もまた重いと感じるのです。 (写真は実家のシュロ。鳩が巣作りのためにぺろーんと面で剥がしていくそうです。上の写真は甥っ子と花火) | ||
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